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上智大学文学部史学科

sophia1942.exblog.jp
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2011年 01月 20日

卒業論文の書き方―西洋近現代史篇― ①

 はじめに―私の卒論

 私は学部・大学院ともに文学部史学科の出身ではないが、卒論も修士論文も歴史学の手法を使った。私の卒論作成の実例は、現在の上智大学の史学科(とくに西洋近現代史)の学生にとっては、あまり参考にはならないかもしれないが、ひとつの反省例として見てほしい。

 私の大学では卒論が必修で重視されており、3年生終わりの春休みには「卒論合宿」があった。学生の参加は自由だったけれども、初めて書く「論文」に緊張していた学生は、たいてい参加した。いかに卒論のテーマを決定し、どのようにして文献を調達して読破し、何に注意して執筆するべきか、体験者(院生・助手・教員)の話を聞き、「卒業論文の書き方」という22ページの和文タイプのパンフレットをもらった。執筆の時には、註の打ち方や参考文献の書き方など、そのマニュアルを大いに活用した。その後いろいろな研究マニュアルや論文の書き方の本が出て、私もたくさん読んだが、このときの「卒業論文の書き方」の基本線を変えるものではなかった*。

 私が最終テーマ(私の大学では論文題目を6月に提出したあと変更できなかった)を決めたのは4年生の5~6月だった。2年生の秋に「両大戦間期のドイツ史」、3年終了時に「ナチ時代の政治構造」と、テーマを少しずつ絞っていたが、「ナチ時代の新聞統制」という事例研究で卒論を書こうと決めたのは4年生に入って悩んだ挙句であった。当時、文献は今よりずっと少なかったし、私のいた大学は文献がかなりあったので、なんとか間に合ったが、文献の少ない大学だったら当時でも到底間に合わなかっただろう。だから3年生の終わりに卒論のテーマを提出させる上智大学史学科の方針は適切だと思う。

 文献の読解に関しては、私の場合卒論はドイツ語で書かなくてはならなかった(所属が東京大学教養学部教養学科ドイツ科だった)ので、研究書は最初から英語・ドイツ語だった。それが当然だと思っていたし、周りの人もそうだった。完全読破した欧文の研究書3冊、部分的に読んだ欧文研究書や史料が25点ぐらいだった。後者の欧文研究書はかなり翻訳があった。しかし翻訳のあるものも、原書を入手して関連個所に目を通した。一次史料(ヒトラー演説集やゲッベルスの日記、法令、資料集など)も図書館から探し出して利用した。読む作業に、6月から10月末まで数ヶ月かかった。遅々として進まぬ作業だったが、外国語文献は3冊目になると格段に読むスピードがあがるということがわかった。事柄の全体像や関連性が見えていない最初の1冊は絶望的に時間がかかるのだ。現在は相当数の翻訳文献があり、便利な邦語の研究動向が出ているので、相当高度な論点や詳しいデータまで日本語文献で済ませることができる。すると、西洋史なのに横文字の文献を一点も読まないで卒業論文を書くことも可能になった。これはゆゆしいことだと私は思っている**。原書と読み比べればわかるが、翻訳にはかなり誤訳や曲解がある。また、外国史というのは(たとえ現代を扱っていても)「異質なもの」との格闘である。日本語に翻訳したときにするりと抜け落ちてしまう「異質性」は外国語文献で読まないとわからない。なにより、できるだけオリジナル・データに近づく努力をするのは、歴史学の鉄則である。「西洋史では横文字文献をきちんと読むこと」、まずこれが基本だと思う。もちろん何語で読むかで読書のスピードは大きく変わるので、翻訳は活用してよいし、文献をどういう順番で読むかは最初にしっかり計画を立てるべきであるが。

 執筆に関していうと、私の場合締め切り前の1ヶ月強だった。私にとってドイツ語論文を書くのは至難の技だった。論文のテーマは当時日本で研究している人がいないものだったので、欧米での研究を自分なりに整理して、新聞統制から見て取ることのできたナチ体制の支配構造を結論とした。しかし、全体主義という当時根強かったナチズム解釈を超えることはできず、新しい論点を出すこともできなかった。ドイツ史の先生のところに締め切り3週間ぐらい前に、日本語レジュメと参考文献を持参して相談に行ったとき、「別の史料を加え、最新のナチズム解釈を加味せよ」(それはドイツ語文献をさらに3、4冊読めということである)と言われていたのだが、それができる時間的余裕はとてもなかった。ドイツ語の文章にしても原書の表現をちょこちょこ拝借した「のりとはさみ」の論文であった。ドイツ語のチェックはドイツ人教師がいたが、あまり目を通してもらえなかったので、考えると今でも冷や汗が出る。締め切り数日前に草稿が完成し、タイプで44枚(日本語に訳すと400字で80~90枚程度)のものに清書した。

 数ヶ月苦闘したから、提出できたときは達成感があった。しかし、後悔することも多く、「自分は何もわかっていない、もっと勉強したい」という猛烈な知的飢餓感を感ずるようになった。また、外国語で読んだり書いたりするうちに、語学力が確実に上昇した。結局このことが私の人生を決定した。知的飢餓感は私を研究者の道に進ませ、語学は私の世界を広げ、後年の飯の種になった。上智大学で卒論を書く人の大多数は研究者の道には進まないであろうが、卒論作成過程で鍛えられる読解力や構想力は、どの世界に進んでも評価される貴重な能力である。「やはり卒論を書いた人は違う」と言われるように、この貴重な機会を利用して、自己の能力を高めてほしい。

(註)
* 最近大きく変化したことがあるとするならば、コンピューター・ネットワークの普及で文献検索が簡単になったことであろう。ただし、文献検索は簡単になったが、未入力の情報が多くて完璧ではないし、文献をともかく読まなくてはならないことは、昔と変わらない。そして考えることと文章を作り出すことも自分一人でやるしかない。結局、コンピューターが手助けしてくれるのは、人間の知的作業のごく一部にしかすぎず、創造的活動の一番神秘的なところは機械ではできない。

** 日本語しか読まないで書いた学生の論文の方が、原書をしっかり読んだ学生の論文よりうまくかけている場合が結構ある。限られた時間内に最小限のエネルギーで効果を出せる学生は、ある意味で非常に「優秀」なのだろう。ただしこの手の「優秀さ」は「創造性」とは別物である。

by history-sophia | 2011-01-20 13:25 | 卒論の書き方


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